aya-kobayashi-manita 's 翻訳 Try It !

映画『気狂いピエロ』~復活エッセイ・プチ②~

 以前のブログよりそのまま転載。2016年記述。1965年フランス映画『気狂いピエロ』への一個人の、感想文です。


気狂いピエロ のような

2016-09-02 14:19:41

テーマ:芸術事感想

結構、強烈でした。

これを65年にやっちゃうんだからなあ。日本で言えば当時のアングラ演劇などと呼応するのかなあ?

愛、恋、文学、犯罪、美学、芸術、哲学、無法、自由、男、女、逃避行・・・・・・結果は、「堕」

殺人、死、ロマンス、歌、自己、恋人、ファッション、ユートピア、海、太陽、人間・・・・・・「哀」

哀しいまでに我の強い女と、そんな女と共に堕ちる道を選んだ男。

道徳も秩序も及ばない、人間社会のあるべきルール図を逸脱した男女の姿。

う~ん、フランス。

小学校の時、卒業文集の「将来の夢」で、「○○君と愛の逃避行生活よ!」などと超おふざけで書いた私。毎日、納豆とヨーグルトと味噌汁の具を切らさぬよう注意を張る今の生活に幸せを感じている性分からしてみると、思い切り赤面するような過去の恥ずかしい想い出だが、何かしらみんな、誰もかれもそんないけない悪の欲望、あるんじゃないかなあ?隠された本心。その人間が、どうしたって引きずり込まれる、どんなに鍛錬しようと一度は出会ってしまう神から与えられた性。

この映画は、最悪の結末をもってそのような欲望と生をえぐりだしている。

人間って、不思議なもので、欲望がいけないいけないとわかりつつ満たされ始めれば生き生きする事もある。楽になるのかな。ひょっとしたら、本当の野生の自分となり、本性むき出しになるからか。

尽きる事のない「欲望」。とらえどころのないあやうい「生」。そのうらはらには、もう終わり、つまり「死」が漠然と見え隠れしているか渇望するかのようにそこへ向かって突っ走るのかもしれない。とても生を感じ、輝き、満たされた、死までの滑走路。

余談だが、ミュージカル『エリザベート』でも、生に満ち溢れたエリザベートと死に神トートはつねに表裏一体、否が応でも恋に落ちる運命で繋がれ、エリザベートがどんなに拒んでも逃げ隠れしても、トートの執念は消える事なく頭をもたげる。トートに導かれる事を頭では否定しつつも、悦びを禁じ得ないのだ。そういえば、同じくミュージカル『オペラ座の怪人』や、過去に多くの表現者達が魅了され、様々な解釈で映画や舞台、漫画化などされている『吸血鬼ドラキュラ』(私が思い出せるのは、フランシス・フォード・コッポラ版や、トム・クルーズ版、萩尾望都さん版など、現代の作品ばかりだが。)なども、類似のテーマを読み取れる事が出来ると思う。


 いやいや、アラフォーとなった今のアタシには違う幸せがある。「安心」という幸せ。うーん、この映画の2人から見えれば、「そんなじじいばばあいたいな退屈な人生送ってられっかい!」と一笑されそう。

実際、私も20代だったら、そんな気もあったかもなあ。うーん。確かに年取ったのかも。

主演女優であるアンナ・カリーナも、離婚したばかりの元旦那である監督、ゴタールのカメラに捕えられながら、まあ強い事強い事。なんの感傷もなかったわけではなかろうに。

ゴタールの描写も、要所要所、次世代の映画へと継がれているなあと思わせる場面が多々ある。やはり影響力が強いのだろう。『ボニー&クライド』、『テルマ&ルイーズ』、など、犯罪逃避行のロードムービー、又、ファッションやポップな色彩は、『奥様は魔女』、『チャーリーズエンジェル』などのアメリカンドラマとか。

もう一点、上記の「欲望を満たす人間」に近いかもしれないが・・・・・・数名、「狂っている人物」というのも至って無意味にストーリー中に現れる。そう、それは本当に運命なのか悲劇的なのか、突然マイ人生の中に現れ、ある意味恐怖体験させられるような。

それはヒットラーのような小人だったり、妄想にかられた老婆だったり、過去にがんじがらめになってる男だったり、で、デビットリンチの『ツインピークス』の、突如けったいな人間が画面に現れ観ているこちらまで正常と狂気の狭間を頑張って保つはめになるような経験を久しぶりに思い出した。こうなると逃避行中の主人公達の方がまともに見える。

実際、そうなのだ。不思議。異常と判断されるなんて、実は日常社会で非常に簡単。陥ってしまうのは何かの線ー細い緊張きわまりなくピンと張ってるピアノ線みたいなものがぷつっと何かときっかけで切れてしまえばそれまでなのだ。そして、それは、意外と生活の身近にあったりして、私たちは、きっと、毎日、怯えながら暮らしている。いわゆる現実とシュールの落とし穴につかまらぬように。

気狂いピエロは、そういう意味でもうすら寒い不安感と警告を観客にあおる。

彼らの心情を告白する場面は、あたかもインタビューの一問一答を見せられているかのよう。彼らの演技力に脱帽。まともな気狂いピエロに、最後は夢中になっていた。

いや~、久しぶりに芸術体験だったよ。1作で重くて、次の日の上演だった『勝手にしやがれ』はキャンセルしてしまった。興味はあるので、tsutayaで借りようと思う。

今回、フィルムや音楽、和訳など、相当苦労して再現してくれたみたいだ。眠らせて葬ってしまっては非常に勿体ない。

というか、残さなければならない。

語りついでいきたい。

つらつらと書きましたが・・・・・・色々な意味で感動したのでした。


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こんにちは。学生時代、文化史と美術史を専攻した後(ロンドン留学含む)、美術館学芸業務補助を経て、カルチャースクール勤務。現在、在宅で翻訳の勉強中。主に、①芸術事の感想(展覧会、舞台、映画、小説など)、②英語で書かれた世界各国の美術館図録や美術評論、③英語圏の絵本や児童文学、文芸作品、④英語の歌詞、⑤趣味の朗読やよみきかせ、歌、⑥日常の散歩や旅行記、生活の一コマなど・・日英語で記してゆきたいです。

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