aya-kobayashi-manita 's 翻訳 Try It !

『Could we start again please?』~ミュージカル『JESUS CHRIST SUPERSTAR』より~

Lyrics by Tim rice / Music by Andrew LLoyd Webber

published by MCA music Ltd, 1996. / The Really Useful Group Ltd, 1996.

originally performed in NY,1971.


Could we start again please?


I've been living to see you.

Dying to see you, but it shouldn't be like this.

This was unexpected. What do I do now?

Could we start again please?


I've been very hopeful so far.

Now for the first time, I think we've going wrong.

Hurry up and tell me. This is just a dream.

Or could we start again please?


I think you've made your point now.


You've even gone a bit too far.

To get the message home.


Before it gets too frightening.

We ought to call a halt.


So could we start again please?


どうか始めからやり直せないでしょうか?


あなたにお会いするために、生きています。

あなたにお会いするために、死ぬでしょう。だけどこの様な形のはずではありません。

これは望んではいなかった事です。私は今、どうしましょう?

どうか、始めからやり直せないでしょうか?


とにかく希望に満ち溢れていました。
今、初めて、悪い方向へ向かっている事がわかります。
急いでお知らせください。これはただの夢だと。そうでなければ、どうか、始めからやり直せないでしょうか?

今なら、おっしゃられていた事がわかります。

少しだけ遠くに行き過ぎてしまった。故郷の意味を得るために。

脅威になりすぎる前に。立ち止まるべきです。

だから、どうか始めからやり直せないでしようか?


訳してみて:
 今回は、個人的な"推し”で、是非、このミュージカル作品を知って頂きたいと思い、トライしました。
 『ジーザスクライスト・スーパースター』は、あの『オペラ座の怪人』や『キャッツ』などを手掛け、ロンドンウエストエンドミュージカルを牽引してきた作曲家、アンドリュー・ロイド・ウェーバー初期の、若い野心と情熱溢れるロックオペラである。イエス・キリストの最期の7日間を描いた今作品は、いわゆる教会や聖書が伝える通りのイエス・キリスト像を丸きり捨て去るかのように、至って斬新で挑戦的に解釈がなされている点が、まず非常に面白く、私は大学生の時に映画版を見たのだがとても衝撃的で、今まで全く知らなかった”知の扉”とでも言うような好奇心の鍵が開かれた、その様な気持ちになった。いわゆる、現代社会にも通じるような大衆社会が抱える矛盾、宗教や古典的な教義への懐疑心、国家統治における個人の在り方、そして、そこに生じる理不尽や悪、犠牲、愛・・・等々、論じられる点は多く、おそらく賛否両論巻き起こるであろう問題作なのだが、私は、非常に感銘を受け、当時大学での勉強を進める上での糸口にもなった、人生のきっかけ的な作品のひとつです。
 音楽も、勿論、当時のハードロックやサイケデリックカルチャーの影響をおおいに感じられるナンバーばかりで、聖書の正当な教えどうこうより、生身の青年イエス・キリストの、綺麗事ではない、真の苦悩を表現するには充分なほど、胸騒ぎを掻き立てるナンバーばかりだ。本当は『ジーザス・クライスト・スーパースター』『私はイエスがわからない』などもっと人気の高い代表曲があり、今回も、そのような中から『ゲッセマネ』という曲で、かの有名なシャウトを紹介したかったのだが、こちらは既に多くの方々の訳が存在していたため、あえて控えました。(でもこちらは、本当に、ジーザス役を演じる歴代の役者さんたちがお互いシャウト対決しているのでは?というくらい、皆、自らの身を削るかのようにキリストを熱演し歌いあげ、その姿は否が応でも私達の心に刻み込まれるようだ。そして「今回のジーザス役のシャウトはどうかな?」と期待してしまえるほど、名物になっている見せ場のシャウトが、本当にお勧めなのです。)今回、トライしているナンバーは、逮捕されたイエス・キリストを慕い、後悔の念を告白する弟子のひとり、ピーターと、マグダラのマリアにより歌われる非常にシンプルな、でもまっすぐに端的に心情が伝わってくる曲。他の曲でもそうだが、文法がまるで英語の教科書のように正しく綺麗に耳に入ってくるスタンダードさで、文法の練習としても使えると思える程だ。(私は、いわゆる受験勉強のような文法の勉強は苦手だったもので、今回は、それでも時制などきちんと意識して、とても気をつけて日本語をあてはめたつもりなのですが・・・)それから、個人的には、和訳を五線譜に乗せてゆく事程難しい作業はない、と、思わされるミュージカルのひとつである。和訳すると、せっかくの勢いある場面なども、省略されたり無難な言葉に置き換えられ、オリジナルが持つ深い意味の半分も全く伝わらず、非常に勿体なくて歯がゆい気分になる。2曲目の『ピラトの判決』は、これも個人的に"推し”の息詰まる押し問答を皆様に体験していただきたく、又、キリストを磔に追い込む判決の真実を、通年の既成概念に屈することなく見事にミュージカル化と共に新たな解釈で説明しなおした、意欲的なナンバーなので、その迫力を是非体感してほしいと思い、選びました。
 
*『ピラトの判決』は、次回に掲載させて頂きます。申し訳ありません。





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こんにちは。学生時代、文化史と美術史を専攻した後(ロンドン留学含む)、美術館学芸業務補助を経て、カルチャースクール勤務。現在、在宅で翻訳の勉強中。主に、①芸術事の感想(展覧会、舞台、映画、小説など)、②英語で書かれた世界各国の美術館図録や美術評論、③英語圏の絵本や児童文学、文芸作品、④英語の歌詞、⑤趣味の朗読やよみきかせ、歌、⑥日常の散歩や旅行記、生活の一コマなど・・日英語で記してゆきたいです。

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