子宝祈願旅(回想録)~会津若松・ルーツの話し~
私事ながら、子宝祈願の旅の思い出をもうひとつ・・・
それは、福島県会津若松。そこに、子宝に恵まれると言われているお地蔵様があるらしい、という情報を得た私達夫婦。奇しくも、福島県は、私の祖父母の故郷。特に祖母は、会津藩にゆかりがあるとかないとか。福島市はちょくちょく行くのですが、会津は有名なのに行った事がない!
しかも、噂のお地蔵様、福島県が生んだ昭和の歌手、春日八郎の記念館の、敷地内にあるといい、実は、私の主人、春日八郎に興味津々!
という訳で、今回の旅は、会津若松に決定!!
まずは、会津のお隣、喜多方でラーメンを頂きました。蔵造りの趣深い喜多方の街並み。静かですが、脇道にはラーメン屋の湯気が立ち上り、そぞろ歩く観光客は後を絶えません・・・
クラシックな構えの喜多方駅。
駅から歩くことおよそ10分程度で、ラーメン屋が点々とするエリアにたどり着きます。私達は、その入り口近くにある源来軒に入りました。喜多方ラーメン発祥と言われているお店です。まだ暑い陽射しの日でしたが、とても温かい気持ちが込められているのがよくわかり、東北のしばれる北風の中このようなラーメンを食べたら格別なのだろうなと、自然と想像が北国へと膨らむような美味しさです。
それから、会津若松駅へ。
会津藩とは切っても切れない逸話、そう、あの白虎隊の銅像が出迎えてくれます!奥の方には、人気の民芸品のひとつ、赤べこちゃんが!
こんにちは、赤べえ!可愛い❤️
そしてそして、こちらも重要!会津若松には、あいづっこ宣言という大切な教えがあるのですね。
私の祖母は、会津藩にゆかりがある家系と言っても、出身はいわき市。祖母は知っていたのでしょうか?このあいづっこ宣言!肩を寄せ合い生きる、寒い地に根付く固い絆のような、この教訓!ぐさり!と胸に突き刺さるかのような。自然と姿勢が正されますね。
私はというと、もうこのような立派な心掛けとは程遠い・・・恥ずかしくて頭あがりませんでした・・・すみません・・・
「ならぬことはならぬ!」ぬ?どこか聞き覚えあるぞ・・・?そう、あのNHK大河ドラマの『八重の桜』で人気を博した主人公、やえの有名な言葉ですね。改めて、会津の強さ、気高さに誇りを感じます。
一日目は、まず、会津と言えばの観光名所、鶴ヶ城へ。
広い空の、白い雲と混じりあい、連なるように、清廉潔白というような白が映える佇まい。外柔内剛というような印象でしょうか。まさに鶴のように優雅に、たおやかに、そして凛とした風格でした。
天守閣からの景色
見渡す限りの雲と山と平野と・・・真面目に堅実に主君に仕える会津のお国柄に想いを馳せます。
それから、私達は飯盛山へと向かうのですが、そこはさすがに写真を撮るような雰囲気ではなく、霊験あらたかな厳かな空気に、心が詰まるような思いになりました。少年たちの純白に、ただただ、涙を誘われて・・・。
会津藩は、幕府に最後まで忠実で、歴史の教科書的には、いわゆる敗退した側ですが、最近になって、その真面目な忠義心というか、不器用なまでに心の芯から守りたい何かのために戦った精神に、私は誇りを持ちます。勿論、新しい日本を夢見て戦う者達の浪漫、つまり、討幕派ー勝者の熱い想いも大事です。だけど、白虎隊という少年達の、信条とういうものは、語り継がれ未来に残る、価値あるものなのが、この地に来るとよくわかるような気がします。こういう生真面目さ、時には、現代にもあっていいんではないでしょうか?単なる負け犬として歴史の向こうに追いやるのではなく、これも歴史の一角として、こういう少年達がいたという事実は、大切に胸に刻みこみたいと思いました。それは、現代に生きている者達の、責任でもあると思います。
人は、肉体的に死ぬ時と、人々から忘れ去られる時と、二度死ぬと言いますが、そういう意味では、白虎隊の少年達は、永遠に、伝説となって生き続けるべきものなのだと思います。
宿泊は、東山温泉。会津の、素朴ながら伝統あるこづゆなどを始め、更にモダンさも足された創作料理に舌鼓を打ちましたよ。
2日目は、いよいよお目当てのお地蔵様に会いに行きます!
ここでもう一度お話ししますと、このお地蔵様は、春日八郎という昭和の大スター歌手の記念館がある記念公園内にあります。実は、私の主人は、大の昭和歌謡好き(驚!)勿論、春日八郎の事もよ~~~く知っており、是非、この記念館にも行ってみたいと思っていた矢先の事、敷地内に子宝に効くお地蔵様がいらっしゃるらしいという情報もナイスゲット!こりゃあ行くしかない!と、タクシー飛ばしてもらって行きましたよ!
祈願は、お地蔵様にかけられているよだれかけがあるのですが、それは実は、参拝者が持ってきたもので、それを一枚もらってくることで成されます。願いが成就したら、また新たなよだれかけをお返しし、それはいつかまたどなたかの手に渡るかもしれないという、祈りと幸せ報告の輪を繋げるという訳です。
本当に良い日でした。このお地蔵様、ちょっと有名な方らしく、よだれかけの枚数に余裕がない事もあるらしいのです。前もって記念館に電話してみたら、かけられているよだれかけの枚数がやはり少なかったらしく、スタッフの方がとっておいてくださいました☆なんとお優しい。このまま頑張りますよ☆なーんて・・・小春日和の暖かい陽射しの中、何もないのどかな雰囲気にぽっかりと現れるこの記念館を散策して、ゆっくりと時が過ぎるのを心地よく楽しみました。
館の方がとっておいて下さった、優しさのこもったよだれかけ。どなたかが、子宝に恵まれて感謝を込めてお返しされたよだれかけ。確かに頂きました!私も、その、小さな命の誕生の喜びを繋げてゆけますように。また、私の愛情を込めた新たなよだれかけを返しに、この地に来られますように・・・
お地蔵様との別れを惜しみながら、その後、野口英世を輩出したエリアへ。
野口英世が、医学生時代を過ごした、青春のストリートです。今では、道は整備されて、しかし建物などは当時のまま残されており、なんともハイカラモダンとレトロが上手く調和したお洒落な若者たちの街角になっていましたよ。そういえば、背の高い建物や、電線がなかったため、とても気持ち良くぶらぶらと出来ました。気分はまるで当時の大学生、とでもいうような、なんともインテリ的自由の風を感じながら、野口英世の生涯をも辿るかのようです。
野口英世の像。本当に、忍耐をもって誠実に一生懸命努力する姿には、福島に少しルーツのある私にとって誇りだと思います。是非、たるんだ精神をひっくり返し、今一度、精進せねばと、心もちも新たになりました。人格も、仕事に対する姿勢も、なんと立派な方でしょう!
野口英世の居住地跡。今は、一階が、雰囲気のあるクラシックなカフェになっています。二階を自由に見学できるのです。
素敵なコーヒーの味。
そして最後に、大内宿へ。
お昼ご飯は名物のうどんを。
意外とこれ、ネギ、食べやすい辛さなんです☆クセになりそう!つゆの出汁も、胃袋に染みます☆
そのほかの雰囲気はこちら。
こんなに古い貴重なエリア、なかなか見られるものではありません!是非、残してゆければと思いました。
会津若松は、決して裕福とはお世辞にも言えないし、気候条件もとても厳しいのでしょうが、代々に脈々と繋がれる、人として大切な精神は、どうしたって強固で敵わない武器となって、今に優しさとして伝えられていると思います。私も、その端くれを担えるのだという幸せを改めて実感できた今回の旅・・・とても充実した訪問となりました☆
↑↑買ってきたお土産品・・・ラブ☆彡
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