自分の人生を生きるという事は ~『塔の上のラプンツェル』より~
久しぶりの投稿・・・毎回そうかな?この5年、私はいわゆる専業主婦。母親業+主婦業で過ごしてきた。家事育児のみで過ごすのは、色々いわれている以上にあっという間に時間が経つ大変さ。私は、子供が赤ちゃんの内は保育園などに預けないで自分の目で手で確かめながら育てたいと夢見ていたので、物理的にも経済的にもそれが出来る環境で良かったと本当に感謝している。あと、歌と読み聞かせの練習をしながら、図書館で読み聞かせしたり、ポケカラアプリでいわゆるネットシンガーやったり。公共施設のボランティアや、SNSアプリのお蔭で、自由に気楽に歌や朗読を人々に聴いて頂ける場がある今日。それらは、それはそれで、ようやく憧れとタイミングが人生上で合致したという事で、本当に『自由』で、本当に『私の人生を生きている』という時間だったと思う。
それまでの私は、夢見るだけで見過ごしてきたものばかりだったりする。又は、せっかく夢が叶ってもいまいち「今じゃないんだよなー、10年前だったらよかったのに・・・」などとタイミングがずれていたり。
そこで、映画『塔の上のラプンツェル』から、オープニングナンバー"when will my begin?"を思いだした。邦題は『自由への扉』。実に絶妙な原題と邦題だと思う。
I'll keep wondering and wondering and wondering and wondering when will my life begin?
ー考えてる 私のこんな暮らしいつまで続くの?ー
直訳:いつ私の人生は始まるの?と不思議に思って、不思議に思って、不思議に思って、不思議に思い続けている。
そう、『自由への扉』を開くという事は、正に"when will my life begin"。自分の人生が始まる時なのだろう。
ラプンツエルにとってのそれは、塔の外へ出て、お祭りを観に行くという夢を実現する事。今は毎日、正に、もつれた長い長い髪の毛のごとく”tangled"(『塔の上のラプンツェルの原題』)な毎日を送っている。先が見えない、同じ毎日の繰り返し。夢のために始動できるかどうかもわからない、あてのない、ただ想像だけが膨らむ日々。非常に、自己から疎外された、不自由さ。
題はそれぞれ、個を大切にするアメリカらしい原題に、しがらみを大切にする日本らしい訳かもしれない。
私は、次は『仕事をするママ』の姿を娘に見せてあげたいし、又、お給料で両親にお寿司をごちそうする、という目標を叶えるためもあり、再び働き始めたいと考えている。
ひとつひとつ、山を乗り越えて、tangledなしがらみを切り抜けて、そうして自由への扉を開き、my lifeを手に入れてゆく・・・人生はその連続なのかもしれない。
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